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Profile
沖縄石垣島に生まれ、島歌と三線と釣りをこよなく愛する、善隆。
人々を魅了する「書」を生み出す根元は何か。書浪人 善隆の人となりを紹介。
善隆記
“書浪人(しょろうにん)”の由来
剣豪・宮本武蔵は、諸自伝に「素浪人」と自分を呼んでいた時期があった。自我の剣術を「自然からの教」として我流ながら伝説の男になっている。
ならば、「自然の教」なら「書浪人」もしかり。
「書」と名の付く習い事、一切知らずして、ここまで「自然から得た」、「感性」のみ自分を信じる事のみ。
「自然の教」、「我流」この共通するものを得るならば、空、雲、雨、風、山、草、木、土、水、海、全て師匠と呼べる物也。
我流ゆえ、留まる事を知らず、その時その時得られる感性のみの、一度きりの一筆真剣勝負。
その時筆字に宿るもの、「書浪人」の求める物は、書かれるその人の為に書く、“魂と心の共鳴する何か”なのである。
“書く”をはじめるまで
かなりさかのぼる。
中学、高校進学、石垣島には公立の高校が3校しかない、成績順に 
1.普通校  方言;ちぶらームン(成績優秀)
2.商業校  方言;てーげームン(成績普通)
3.農業校  方言;できらーぬ(成績劣)

この3つの高校に成績順で行くと、書浪人は2番目であり、電気科がそこにありコンピュータに幾分か興味があった。なにを隠そうか、昨年奇跡的に有名になった、あの「八重山商工業高等学校」である。しかも、野球部であった!
3年後、また進学?就職?、進学を選んだ。3年間電気を学び無駄にしたくないのが一番の理由と今後コンピュータの時代が絶対来ると読んで、東京工学院専門学校電子工学課に入学。コンピュータのハード、ソフト両方を学べる事を期待するが、全てラジオの内容。時代的技術背景がまだまだ現代のように開かれていない時代、パソコンのはNEC全盛期。

卒業後、大失恋。地元に帰る事を止め、東京で仕事にのめり込む。その時代、バブルまっただ中、景気のいい時代にロボットを作り。バブルがはじけるまで仕事とつきあっていた。その技術の根本は現代のITにも通用する。おかげで沖縄に戻り、東京の技術はまだまだ沖縄では先端技術。そこで、子供達に伝えたいえを理由に専門学校の講師となる。が、やはり新技術の革命から古い技術屋はお払い箱。
石垣に戻り、自動車学校の教官になろうか、と思いきや、学校長たる者の人格を疑い、即辞職。ならば市民の為に成る事とは、と市役所に勤める。が、ここでも税金でもらう給料が、何故、税金を払う人達よりもいいのか疑問に思い、続けながらも悶々と役所勤めを続けていた。仕事柄予算のない職場で作り物担当になり、いろんな物をハンドメイドする。この時期、実家の母が戦争で小学校も卒業しておらず、漢字は読めるが、なかなか書けない事が多いらしい。
確かにトイレのカレンダーに家族親戚の誕生日が書いてあるが、漢字とカタカナとひらがなが混じって、読めなくなはい文字である。
そんな母が通信教育で漢字の勉強絵をしている教材を発見。恥ずかしいのか、隠してあった。
そんな折、公務員はお酒の飲ミニケーションが多い。毎日のように飲んでいる、つき合いきれない。それを逃げる理由に図書館で本を読む事をし始めたが、飽きた。そこで母の筆字を思い出し、教材を引っ張り出し市販の筆ペンを走らせたところ、ここがナルシストのはじまりかな。教本より「上手い」!自画自賛し、父に見せるも、「バカか!本でもよんで勉強でもしろ!」と30歳すぎた男に叱責した。プッチ切れた。

方言:「チャースが ワーが 文字んかい書きみてぃ ジングァー稼ぎん チャースがや」
訳:どうする、自分が文字をかいて稼いだら、どうする?
方言:「わー勝ってしゃー」
訳:できるものならやってみなさい。

この会話がきっかけとなり、図書館通いは文字書き通いになり、書く楽しみに触れ、いつの間にか書いてる後ろに図書館館長が立ち、どうせ書くなら「これ書いたら」と渡されたのが、今の原点『方言の格言ところわざ集』。それから、年末には個展の願い。
父に「チャースが(どうする)」、無言の父・・・ 

これが書き事をはじめるきっかけ。その後、工房海人の社長にラブコール。お世話になりますと那覇の支店にデザイナー仕業。
昔の技術屋の知識が生きて、1月でMACイラストレータ、フォトショップを完璧に使いこなせた。デザイナー「書浪人 善隆」の誕生です。
石垣島への思い
石垣島の偉人として具志堅用高や、最近はBEGIN、夏川りみ。様々なアーティストが排出されているが、最も偉大な人は、音楽家・宮良長包先生と、元早稲田大学総長まで勤めた大濱信泉先生。その大濱先生が残された言葉で有名な言葉がある。

「人の価値は生まれた場所で決まるものではない。その人がどれだけ努力したかによって決まるものである!」

僕は石垣島の小さな離島から総長までになられた先生の努力がこの言葉を生んだと思う。ならば、我流、書浪人・善隆は「感性」で、こう綴る。
「人の感性は生まれた場所や育った環境において決まるもの。その人がどれだけ見て、触れて 遊んだかによって決まるものである!」
三線について
30過ぎて同級生が流暢に引きながら歌っているのにうらやましく、また、これも我流で始めたが、BEGINやその辺のニューミュージックなるものばかり。そのうち古典やらを弾きたいです。好きこそものの上手なれ、だな。
好きな食べ物
体が受け付けないアレルギーや体質以外に、この世の自然が織りなす作物に、まずい物はない!!と思う。ただ、作り手の愛情か、その素材の上手さを知らない味に仕上がるから、まずいものになると思いますよ。とにかく、神戸牛は世界の肉だし、海ぶどうは本部漁協、パインは石垣島産、マンゴーは宮古島産、ピーナッツは伊江島産、きりないよね〜。とにかく、その土地、その海、その川、その優れた自然から分けてもらう作物は、すべて上手いよ!みーんな好きな食べ物になっちゃうさあー。
家族について
「父の愛情はオモト岳よりも高いよ、母の愛情も海よりも深いよ」
これは石垣島の古くから歌われる、『とぅばらーま』という歌詞の一節です。
これ以上に、家族、父、母を表す歌は知りません。
また、自分の子供に対する思いは「童神」ワラビガミ以外の歌詞はないでしょう。「天からの恵みを受けてこの世界に生まれてきた我が子、自分以上に大切に育て」
家族とは、ひとりひとりが自分以外の自分を愛する事ができる、大きな思いやりの固まりみたいもの。一緒に過ごす時間の中で、自分を知っている一番の自分。これを忘れると大海に浮く ペットボトルみたいだよ。

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